kokoroのtubuyaki (えびすけの裏日記)

安藤和津さん

昨日、たまたま見てた金スマに、安藤和津が出てて、実母の介護体験を語っていた。

初めて聞いたので、こういう芸能活動されてる人が、
自宅で自身の手で介護をされ続けていたっていうのは、
びっくりであり、すごいなーって思った。

家庭を持ち、不規則で多忙な仕事をしながら、また子育てもしながら、
他の人の手(ヘルパーさん)を借りながらとは言え、
最後まで自宅で介護を続けられたそうです。

脳腫瘍で、感情の抑制が効かなくなって、
人格がまるで変わってしまった様になって、
だんだんと介護が必要になってきたんだそうです。

初めは人格が変わってしまったのが、
病気のせいだとは気づかなくて、母を憎んだそうです。

でも、それが病気のせいだと分かり、
介護をし始めて、様々な経験をする中で、憎しみが愛に変わり、
最後はとてもいい関係の中で、
家族に見守られ、眠るように息をひきとられたそうです。

介護の話を聞いていると、すごく心に響くものがありました。

親が老いることは、誰しも分かってはいるけれど、
「自分の親に介護が必要になること」というのは想像しにくいのかもしれない。
そして実際そうなったら、なかなか受け入れることが出来ないかもしれない。

親が親でなくなる時・・・

でも、実際は、どんな状態になっても、親は親に変わりっていうことが、
段々分かってくるんだけどね。

でも、今まで絶大的な存在であったものが、そうじゃなくなるっていうのは、
信じがたいし、受け入れがたい。

でもね、今まで絶大的な存在として、頑張ってきたんだよね・・・
そうやって、自分を育ててきてくれたんだから。

安藤さんが言ってたんだけど、
赤ちゃんのおむつがはずれる時は、成長した時だけど、
母親のおむつがはずれる時は、それは見送る時だって。

だから、オムツ交換でさえ、一回一回が貴重に思えるって。

生きていてくれること、存在自体が「貴重」なんだって、
そう思うと、介護への向かい方も変わってくるし、気持ちがすごく楽になったって。

すごく理想的な介護のあり方だなーと思った。

まだ介護が身近に無い人でも、
考えるきっかけになったらいいと思う。

飯島愛などは、「人間として会話できなくなったら、優しく接することは無理」
というようなことを言っていたけれど、
今はそう思うかもしれないけれど、実際は会話できなくなっても、
やっぱり親は親だから、
「出来ない」って頭で思うのとはまた違うんじゃないかなーって思いました。

介護が必要になってからの関係ではなく、
たぶん、今まで培ってきた関係にもよるような気がします。
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by ebisuke1014 | 2007-03-17 11:29 | 介護のこと

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