kokoroのtubuyaki (えびすけの裏日記)

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見送るということ

療養病院へ入院した初日は、個室に居た母だけれど、
今は端の方の4人部屋へ移っている。

他の3名も、ご老人で、各々何かのチューブにつながり、寝たきり状態の様だ。
隣のおばあちゃんは、よく動くので、手はミトンの手袋をされていて、
ゴンゴンと、ベットの柵に手をうちつけたり、奇声をあげたりしている。

他の2名は、しずか~~~~に、眠っているのか起きているのか分からないくらい。

母もその中に混じって、しずか~に眠っている。

たぶん、この雰囲気も気持ちを暗くさせる一つかもしれない。
そして、私が面会に行ける土日祝は、病院も休みで静かだから、
病院全体が暗い感じだし。

少し小康状態が続いているから、私も余計なことをいろいろ考えてしまうのかもしれない。
母が意識がしっかりしていて、意思表示があったら、もっと私もつらいかもしれないな。
母にとっても、私にとっても、不幸中の幸いかな。

静かに見守ると決めているのだから、迷うことは何もないはずだけれど、
ただ、終末を見守るのだけ、というのも辛いものだ。
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by ebisuke1014 | 2014-04-30 16:57 | 介護のこと

暗澹たる思い

母は肺炎が治まってから、小康状態が続いている。
先週入院した療養型病院で、とても静かに眠っている。

酸素も使っていない様だ。

表面上はとても落ち着いた良い状態に見える。
でも、担当医からの経過説明では、
また腫瘍マーカーがぐんと上がっているし、
赤血球の数も多いとか。

貧血がそんなに進んでいないのが唯一の救い。

なので、病状はあまりよくない状態。

今後のことも、あまり明るい展望ではないので、安穏とはしていられない。

今はGW期間中なので、治療について新しいチャレンジはしないつもりだと聞いています。

今後、経管栄養について、少しずつ試していくということになるとは思いますが、
これも生命維持のためだけなので、暗澹たる思いからは抜け出せません。
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by ebisuke1014 | 2014-04-30 11:39 | 介護のこと

今後のこと

4.22 予定通り、急性期の病院から、たぶん、終の棲家になるであろう療養型の病院へ転院しました。

あまり大きな病気もなく過ごしてきた母だから、何となくこのまま病気知らずで過ごしてくれそうな気でいましたが、
まさか、癌という大きな病気が現れるとは・・・・。

療養型の病院は、選ぶほど数はなかったのですが、
やはり、家から近いところで、母が生まれ育ちそして、人生を過ごした環境と近い、
田舎の静かな病院にしました。
自宅から更に15分ほど奥へ入った自然豊かなところです。

母は本当に箱入り娘というか、
自分の田舎から外へ出ることなく今までやってきました。
ある意味とても幸せな人だなーと思ったりします。
なので、最期までそのまま、住み慣れた環境で・・・と思います。

本当は、特養で静かに最期まで暮らせたら・・・・と思っていたし、
病院は嫌だな・・・と思っていたのですが、
そううまくいかないものですね。

よく、病院でチューブにつながれるのは嫌・・・と言う人もいますが、
実際、そのチューブがなければ、命が存続できないのですから、必須なものだし、
「全て取り外してちょうだい」というほど勇気もありません。

点滴にしても、酸素にしても、それがあるからこそ、体が楽に過ごせて、
穏やかにいられると思うと、それもありがたく感じます。

でも、この先のことを思うと、何が良いのか分からなくなります。
そうやって手を施すことが、いわば延命ということになりかねないからです。

元気になってゆく人であれば、それも意味のあるものかもしれませんが、
衰えていく人にとっては、長引かせるだけの様な気がして。

そして、また次に癌の症状ができた場合は、苦しい思いをしなくてはいけなくなってしまうし。
それを思うと、しんどいや痛いなどが無い状態の時に静かに逝けたらと思ったりもします。

延命措置はしないと決めてはいますが、
それは緊急の時をイメージして・・・であり、
このように、落ち着いた状態では、判断に苦しみます。

実際のところ、母は元の状態まで戻るとは思えず、
これから、また苦しいときがくるということが想像できる中で、
今後、中心静脈栄養をするかという話もでてくると思います。

どこまでするか・・・・

これ、ずーーっとつきまといますね。
本当に難しいです。
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by ebisuke1014 | 2014-04-28 16:04 | 介護のこと

明日、転院。

結局、22日間入院して、転院することになりました。

ちょうど母と同じ時くらいに、肺炎で入院になった特養の同じユニットの利用者さんも、
結局、特養は退所となったらしい。

私も、家族面談の日に、特養の退所手続きをしてきました。

ケアマネさんに報告して、スタッフさんにも報告していると、
看護師さんも来てくださって、母を心配してくださっている方たちと話していると、
涙がでました。

ずっと気をはって、いろいろ考えなくちゃいけなくて、
しなくちゃいけないこともあるし、悲しいという感じではなかったのですが、
やはり、ちょっと気が緩んでしまいました。

でも、その後は、今度転院する病院の家族面談だし、泣くのは一瞬でした。
まだまだこれからが母は大変なのですから。

で、いよいよ明日がその転院の日です。

母の容態は、少しずつながら、良くなってきています。
肺炎だけだったならば、このままもう少ししたら、元の状態にまで戻れるんじゃないかとさえ思わされますが、
たぶん、のどの筋肉が衰えてしまっていて、食事は無理なのでしょうね。

その前に、腸閉そくというのが立ちはだかっていて、これが問題です。
果たしてよくなっているのかどうか、よく分かりません。

でも、ずっと絶食は続いています。
ゆくゆくは、カロリーのあるものを注射でいれていくことになるようですが。

今の病院では、看護師さんたちが、様子を見て、さ湯を鼻のチューブから入れてくれたり、
今度は、糖分の入ったものをいれてみると言っていました。
少しずつ少しずつ様子をみて、いろいろしてくださっているみたいです。

病室も、初めは4人部屋だったのが、
嘔吐して、容態が悪化した日から、詰所の前の大きな個室へ移り、
今は、個室だけど、詰所から少し離れた、前より少し小さい部屋になっています。

酸素も3リットルから2リットルに減っても、呼吸は100%できている様ですし、
酸素マスクもはずして、鼻からのチューブになっています。

目の前の様子に限っていえば、快方に向かっているので、
喜ばしいことなのですが、
この先、また、苦しい状態が予想され、あまり楽観していられないのが辛いところです。

とりあえず、明日、無事転院できるよう、頑張ります。
急性期病院の師長さんが、療養型病院まで付き添ってくださるそうです。
きちんと転院先まで見届けたいとおっしゃってくださって・・・心強いし、ありがたいです。
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by ebisuke1014 | 2014-04-21 23:31 | 介護のこと

療養型病院入院前 家族面談

セカンドオピニオンというのがあるのは、よく分かりますね。

特養でお世話になったクリニックの先生の話と、
急性期の病院の先生の話と、
療養型の病院の先生の話と、

食い違っていることが多々あります。
先生によって、意見(?)が違うのです。

素人としては、迷うばかりですが、
今回は同時にかかっている訳ではないので、その時その時の先生の話で判断しています。

家族面談では、料金の話などをされると聞いていたので、
事務的なことだとばかり思っていたのですが、

担当医になる副院長先生が出てこられ、1時間ほど病状につて話をしました。
今後、こちらの病院でどのように対応していくかというお話でした。

私は、もうそっと見守るつもりでいましたので、
特に治療ということも考えていませんでしたが、
先生は、今後母がしんどい思いをしないで済むためにあえて、今、
積極的な手術を提案されてきました。

え~、そんな選択肢は今までなかったし、考えてもしていませんでした。
先生はこちらの病院に入る前のタイミングで(別の病院で)手術をしたらどうだと言われたのですが、
私には、とても母がそのようなものに耐えられるか、
また、手術前の検査ができるかどうか、
はたしてそれが母にとって良いことか、
転院がギリギリの状態で移動してくるのに、
さらに別の病院で手術だなんて、とても無理に思え、
難色を示していると、一度母の状態を見てからにしましょう。
ということで、とりあえず、入院することになりました。

医療情報は伝達されていますが、それは治療過程が書かれている様で、
あまり、母についての基本情報は伝わっていない様で、
いつから認知症が始まったのかとか、
いつから施設に入所しているのかとか聞かれましたが、
現在、意思表示がないことや、目が何も認識していないこととか、
いろいろ話して、ようやく少しわかってもらえました。
たぶん、もう少し元気な状態を想像していた様でした。

食事が食べれるようになったら、そりゃぁ、私も嬉しいですが、
それに至るには、今の母の場合、沢山の難関があるように思えます。
理想通りにはいかない気がします。

いろいろ難しい選択を迫られるので、いつも困ってしまいます。
自分のことではないことを決断するのは、重いです。

そんなこんなで、また頭がいっぱいの一日となり疲れてしまいました。
でも、とりあえず転院までこぎつけ、前途多難ですがなんとか入院が決まり、
一応役目を果たせて良かったという感じです。
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by ebisuke1014 | 2014-04-19 10:25 | 介護のこと

急性期病院、任務完了ですって。

4/15(火)先生との面談へ行ってきました。
前回の様に究極の選択を迫られるんじゃないかという緊迫感は無かったので、
今回は一人で行ってきました。

というのも、こちらから希望して時間を作ってもらったのです。
数日前に、肺炎の状態を知るためにCTスキャンを撮ったはずなのですが、
その結果が気になったからです。
面会に行った際に、看護師さんにきいても、「結果は先生から」ということで、
教えてもらえなかったからです。

そして、先生からの話では、炎症反応はほぼ落ち着いているということでした。
それなのに、熱が微妙に下がりきらないのは、
腸の中のどこかにあるであろう、癌のせいではないかということでした。

こちらの病院は急性期の病院で、もともと、入院時に肺炎の治療を目的としていましたので、
ここでのやるべきことは完了しました。とのことでした。

で、次の目的として、胸のしこりや、消化管の腫瘍マーカーの高い原因についての診断というのがありましたが、
胸のしこりは、細胞診をしていないので100%ではないが、
ほぼ乳がんでしょうとのこと。
消化管の腫瘍マーカーが高値なのは、高い確率で腸のどこかに癌があると思われるとのこと。

結局のところ、母が行えた検査結果では、確定診断はもらえませんでしたが、
もともと、何故、確定診断が欲しかったかというと、
今後に備え、医療が受けられる施設への移動のために必要だと言われたからでした。

今回の入院で、腸閉そくもおこしてしまったので、母は絶食状態です。
食事がとれない以上、もとの特養へは戻ることはできません。
今まで入っていた特養では、「点滴は行えない」と言われていましたし、
呼吸状態も決して良いとは言えない状態で、
酸素マスクをして、通常の8割程度らしいので、酸素マスクも必須になってきます。

ですので、今の急性期の病院から、直接、療養型の病院への転院ということになりそうで、
看護師長さんが、入院時に、もしもうまく元の特養に戻れなかった場合の行先について、
私が選択肢にあげていた療養型病院と連絡をとって、
話を進めてくださっていて、今の医療情報で受け入れOKの返事をもらえたので、
あらためて、確定診断が必要ではなくなったので、
これ以上の検査は無理に行わないことにしました。

今、小康状態なので、移すなら「今」ですと。
できるだけ早急にと転院をすすめられ(早く送り出したいみたいに若干感じられながら・・)
話を進めてもらっていた療養型病院へは、家族面談を済ませれば、1週間以内には入院の段取りができるとのことでしたので、
その日のうちに、療養型病院へ連絡し、家族面談する運びとなったのでした。
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by ebisuke1014 | 2014-04-19 01:14 | 介護のこと

変な夢ばかり見る。

最近、変な夢ばかり見て、時間的には寝てるのに、いつも眠たい。

きっと、変に神経が高ぶっているせいかな。

母が入院したのが4/3で、まだ10日ほどしか経ってないけど、
あれから事態が急に変わったし、
腫瘍マーカーが高いとか、乳がんかも?と聞かされた時も、びっくりはしたけれど、
具体的に、症状が出ていなかった分、まだのんきにしていたけれど、
入院っていう事態になって、急にリアルになった。

それからは、落ち着かない日々で、先行きも不安なまま過ごしているので、
やはり、精神に緊張とストレスがかかっているんだろうな。

金曜日から土日にかけて、小康状態続いて、
熱は、36度後半から37度前半を微妙にいったりきたり。
水枕が取れたと思った次の日には、またしていたりします。

また、喘息の様な息の音も、
静かな日もあり、また少しゼーゼーしている日もありで、
悪化の一途ではないのは救いですが、
なかなか、ぐんぐん回復するという感じではありません。

でも、日曜日に様子を見に行ったときは、
眠っていたので、それを見たときは、ほっとしました。

やはり、しんどそうに眼を見開いているのを見ると、
こちらもしんどいですが、
穏やかに目を閉じていると、少しは楽になったのかな・・・と思えます。

明日、先生とお話しをしに、病院へ行ってきます。
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by ebisuke1014 | 2014-04-14 17:33 | 介護のこと

寿命

不思議なもので、治療続行を決断した後、母はじょじょに回復に向かっている。
「昨日よりほんの少しマシ」が続いて、
今日は、昨日まであった水枕がなくなっていた。

それは、イコール熱が下がってきたということで、
それは、たぶん、肺炎の症状がよくなってきているのではないかと思われます。

今日、CTスキャンを撮るみたいなので、そのあたりも分かってくるかと思います。

容態が悪くなったとき、治療を続けてもこのまま悪くなっていく一方かもしれない・・・となったとき、
もしも、回復しなければ、それは母の寿命なのだと思おうとしました。

それも致し方ないと。受け入れる覚悟をしました。

母が苦しい様を見ているのはつらいことでしたが、やはり本人の生命力に賭けるしかないということで、
この苦しみを耐え忍べるのなら、まだ本人の生命力があり、寿命ではないということだし。

今は、少しずつ快方に向かっているので、母の命のともしびがまだ残っていることにほっとしています。

かといって、たぶん、そう先ではないであろうその時のために、
私もしっかりと見送る心の準備をしておかなくては・・・と、
そんな覚悟ができた、今回の容態悪化の一件でした。

認知症の初期のころは、精神的にも不安定で、
本人も辛そうでしたが、だんだん進むにつれて、いろんなことが分からなくなり、
それゆえに苦悩から解放されて、別次元で生きている様な、穏やかなときを過ごしていました。

自発的な意思表示もなく、こちらの語りかけにも反応がなくなり、
言葉も発せず、目も開いてるが、何も認識していない状態で、ほぼ寝たきりの母が、
生きる喜びってなんだろうって思ったとき、やはり「食事」だと思いました。

母は甘いものが好きで、好きなものが口に運ばれると、パクパク食べ、
嫌いなもののときは、口が開かないとよく施設のスタッフさんにも言われていました。

それが唯一こちらが感じられる、母の気持ちの表現でした。

できるだけ、長く自分の口で食事をとれればいいなというのが願いでしたが、
むせることが多くなってきていたので、それもやはり時間の問題なのだと思っていました。
でも、体は元気だったので、そうなったら、「胃ろう」をするか。。。。
と漠然と考えていましたが、実際、今、食事がとれなくなった状態になってみて、
「胃ろう」を作る手術をし、そこまでするかと問われたら、迷うところです。

食事がとれなくなった時点で、元気ではなくなっているのだから、
「胃ろう」の手術をすること、そしてそのあとのことも、楽なことではありません。

先生が、「食事が自分の口からとれなくなったときが寿命と考える人もいます」と言われたのですが、
なるほど・・・と思いました。

ケースバイケースでしょうけど、あながち間違った考えではないなと感じました。

「寿命」について、少し考えさせられた数日でした。
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by ebisuke1014 | 2014-04-11 17:34 | 介護のこと

選択の余地

翌日に、先生との治療方針の話し合いのため、朝イチから病院へ行きました。
緩和治療へ変換の決断をさせられるのだろうと、
姉が一緒に行けなかったので、私がその決断をくださなくてはいけないのだと思うと、
非常に気が重かったのですが、
主人が一緒につきそってくれることになり、助かりました。

主人は基本的に、母のことは、「私と姉で決めること」と自分は介入しないスタンスできていましたので、
特に相談ということはなかったのですが、やはり、一緒に来てくれると心強かったです。

心して、先生と面談したのですが、これが意外に、選択の余地があり、

このまま続けるのか、はたまた緩和治療に切り替えるのか、どうしますかということでした。

肺炎の治療をやめるということは、点滴を取り、すべて無くしていき、脱水症状にわざとさせ、
極力吐かないようにしていくというものなので、
先生に確認したところ、飲まず食わずの場合、もつのは2~3週間くらいだろうとのことでした。

それを決めるには、私にはまだ、心の準備ができていませんでしたので、
もう少し治療続けて、肺炎を治す、・・という選択肢が残されていて、助かりました。

母の様子も、昨日よりは少しましになっており、
この肺炎を乗り切れるかもしれないという可能性が出てきました。

母の全身状態は、決してよくはないけれど、
「危ない」ほどまではなっておらず、
まだ力が残っているとのこと。

今後の転院の話などの話も出てきましたので、
少し先のことも考えられる状態だということにほっとしました。

今、入院しているところは、急性期の病院なので、
やはり、熱心に治療をします。
いざ、治療をやめた場合、ここにいられるかどうかというのも心配でしたし、
一応、最長3週間という期限があるとも聞いていましたし、
母の行き場がどうなるのかも、不安ですが、
母がどこまで回復するかも未知なので、
何とも言いようがない状態でした。

先生も今の状況で、何が最善か、何を勧めるべきか、
非常に悩ましい様子でした。

そんな中で、もう少し母の体力に賭け、
生命力に望みを託すことにしました。
母にとっては、しんどい期間ですが、
肺炎が治まれば、楽になりますし、
ならなければしんどいだけの時間になってしまいますが、
先生が何度もおっしゃるのは、
延命治療と治療は紙一重だと。

うまくいけば「治療」であり、うまくいかなければ「延命治療」だったことになると。

母はしんどそうで、見ているのはつらいのですが、
これは見送るものの使命だと思います。

入院した際に、先生に「できるだけ、楽な様に」「しんどくないようにしてほしい」と言ったのですが、

「悪くなって病気になっているのだから、しんどくない訳がない」と。

簡単に、「楽なようにしてほしい」というのは安易な発想だったと、はっとさせられました。

苦しみなく生命を全うできる人がとのくらいいるか、考えると、そのような人の方が稀だと思うし、
それは、とても幸せな人だと思います。

漠然と、最期は、モルヒネ等を使い、苦しみなく逝くのだと想像していました。
でも、実際入院して、あれこれ治療をほどこしてはいても、
やはり、苦しいのは苦しいし、
かといって、治療をやめても苦しいのは苦しい。

病気を発症している時点で、やはり、苦しみは伴うし、
「楽に」はできないけれど、その中で最善を選んでいくしかない。

「正解は無いんです」と先生もおっしゃります。
その時その時々で、考えて出した答えがすべてです。

母の様に、若い人ではない場合、「どこまで治療しますか?」という質問が必ずついてきます。
高齢であっても、昨日までぴんぴんして元気だった人だと、また治って元気な生活を目指すという目的がありますが、
母の様に、重度の認知症で、自発的な意思表示がなく、ほぼ寝たきりの生活をしていた場合、
免疫力が低下していて、もともとの体力も低いうえに、
何が何でも、つらい検査や治療を受けてまで、頑張る必要性があるかということになります。
ましてや、今は、胸の癌と、おそらく腸にも癌があるだろうと発覚している中で、
はたして、どこまで・・ということになります。

癌かも?という話を聞いたとき、
手術も治療も母の状況じゃ無理だろうとあきらめていました。

しかし、その時は、何の症状もなく、普通に特養での生活ができていましたので、
何か病気になるということは、想像していませんでしたし、
何か癌の症状が出るとしても、まだ先だろうと勝手に思っていました。

でも、今回の肺炎。
いろいろ総合して考えると、予想の域を超えませんが、
腸癌からくる腸閉塞がおこり、腸閉塞から誤嚥による肺炎・・・
なのではないかと思います。

健康な人と違って、いろんな検査を受けていたわけでもなく、
「痛い」とか「しんどい」とかの発信もないので、病気に気づきにくい状況で暮らしてきました。

年1回の健康診断は受けてきていましたが、乳がんや子宮ガン、大腸がん等の特別の検査は受けていませんでしたし、
病気が発覚しても、治療するのは難しいと考えていました。

そんな中で、認知症を発症してから、十数年。特に大きな病気もなく、
グループホームで4年ほど、特養に移って5年ほど。
平穏に暮らせてきたことに、感謝しないといけませんね。
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by ebisuke1014 | 2014-04-11 10:45 | 介護のこと

万一のとき

入院時に、万一の緊急時の処置について家族の意向を確認されました。

特養にいるときも、もしもの時のことについては、確認があり、心臓マッサージをするのか、
救急車を呼ぶと、気管挿管することになるが、どうするか・・・とか。
そういうことは、聞かれており、家族の意向として、延命治療は希望しないと伝えていました。

病院で聞かれる万一の時の対処は、さらに細かく、
では、このお薬は使いますかどうしますかとか、
気管挿管ではないが、強制的に空気を送って呼吸を促すのはするかしないかとか、
聞かれました。

大きくは家族で相談し、決めていましたが、
さらに細かくなると、「そのくらいは・・・」とか思ってしまったりと、迷う質問も多々ありでしたが、

でも、まだその時は、「万一」が今起こるとは思っていませんでした。

あまりにも、万一について聞かれるので、
「そんなに緊迫した状態なのですか?」と聞いたところ、
お年寄りの場合は、往々にして、急に悪化することがあるので。とのことでした。

そういうものかと思いながら、その時はまだ現実味はありませんでした。

・・・で、月曜日の話に戻りますが、
直接電話口に主治医の先生がでて、
肺炎の治療としてやってきた治療が、悪い方向へ向かっていると。
今後の治療方針を考えなおした方がいいのではないかと。

この日、吐いたらしいのですが、それが、肺炎を悪化させ、非常に悪い状態だと。
しかもイレウス(腸閉塞)を起こしているようだと。
吐いたことで容態が急変しているので、一度様子を見て、早急に今後の治療方針について話をしたいとのことでした。

何だか急な展開で、事の次第についていけず、
「胸のしこりは、ほぼ間違いなく乳がんでしょう」という先生に、「でも、腫瘍マーカーは標準範囲内だったんですけど・・」というと、
少し鼻で笑いながら「そんなん全然関係ないよ」とのこと。
そうなの?確かに腫瘍マーカーが高くても、必ずしも癌ではないことがあるのは聞いていたけれど、
腫瘍マーカーが標準値内だと、確実ではないにしても、触診だけで乳がんだと断定できないのでは?と思っていました。

結局のところ、入院してある程度検査はしましたが、
肺炎の治療を優先しているため、
胸のしこりのこと、消化管系の腫瘍マーカーの高い原因については、
確定診断はついていない状態でした。

そんな中での急変で、
事態はよく分からないままずっと進んでいました。

診断にこだわる私に先生は、「乳がん乳がんではないかは、今は問題ではない」「今、命に関わる危機なんですよ」と。

吐いたことにより、肺炎が悪化、容態が急変し、腸閉塞もおこしている・・・
何故吐いたかというと、特養にいるときから、水分があまりとれていなかったので、
その頃から脱水症状だったと思われるが、病院にきて、点滴をしたことによって、消化液が出て、吐いたと。
吐くと、肺炎が悪化する可能性があるので、
点滴をやめた方がいいのではないか・・・というのが先生の話だった。

入院して、いろんなものを体内へ入れて手厚く処置しているが、
それが、功を奏していないと。
事態は悪化しているので、治療方針を変更して、肺炎の治療は中断した方がいいのではないか・・・・というのが先生の話だった。


話が急展開しているので、私はまだうまくついていけず、取り急ぎ、その晩様子を見に行きました。

そしたら、まず4人部屋から、詰所前の個室へ移されており、
酸素マスクだけでなく、さらに袋の様なものもつけられ、
脈拍や、血圧、心拍数などを常に表示する装置もとりつけられ、かなり重篤な感じの見た目になっていました。

そして、母の様子も非常に苦しそうな息をしており、
悪化しているのが一目でわかりました。

看護師さんからは、今晩の緊急時に対しての処置についての確認があり、
また、万一の場合の処置についてどこまでするのかの確認されました。
要するに、容態が悪化し万一の場合は、家族が到着するまでに心臓マッサージをするのか、強心剤は使うか、血圧をあげる薬を使うかとか、そういうことの再確認でした。

“え、今晩がヤマなの??”
って本当にドキドキしちゃいました。

看護師さんにそのことを尋ねると、
「何があってもおかしくない状態」とのことでした。

もし、それらのことをしても、30分以上は無理との話もあり、結局、家族が死に目に会える確率を高くするために、ひきのばすということらしい。

こういうとき、地元の病院だったら・・と思わずにはいられません。

でも、いたずらに時間を引きのばすのは、しんどい時間を長引かせるだけとも思われ、
結局、「何もしないで、自然のままで・・・」とお願いして帰りました。

母の様子を見て、やっと、緊迫した状態なのだと、実感し、
これは、親戚にも知らせる段階なのかと、いよいよのことを考え始めていました。

自分の主人や、甥っ子や姪っ子にも、今のうちに会っておいてもらわないといけないか・・・とか、
このしんどいさまの時に会わすのは忍びないなとか。

その日は、もっとレベルが下がり危険な状態になったら夜中でも電話しますとのことだったので、その日は緊張しながら寝ました。
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by ebisuke1014 | 2014-04-10 13:44 | 介護のこと

ちょっといいにくいことなんかを、こっそりこちらに書いてます。
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