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kokoroのtubuyaki (えびすけの裏日記)

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振り返り

 母のことを振り返ってみた。

2000.11 父が亡くなる。この前後から認知症の症状が顕著になる
      心療内科に通いながら、介護認定を取り、介護保険を利用して、デイサービスに通いながら、
      何とか自宅にて生活する。(2年と少し)
2003.2 私が結婚する。この頃になると、母を一人にできない状態になっていたので、実家で同居を始める。
      日中の徘徊が激しくなり、見守りが必要になる。ヘルパーさんや親戚の手もかりて、
      ほぼ1日中見守る状態に。
      (2年と少し)
2005.9 かねてより申し込んでいたグループホームから空の連絡があり、自宅での介護にも限界を感じ、
     グループホームへの入所を決める。
     この頃の進行は早く、だんだん歩けなくなる。あっという間に要介護5となり、
     グループホームでの生活が厳しくなり始める。
     (3年半)
2009.3 特養からの入所受け入れの打診に応じることにする。
     目は開いているが、ものを認識しなくなる。しゃべらなくなる。反応が薄くなる。
     (5年)
2014.4 肺炎で緊急入院する。腸閉塞を併発する。直腸癌と乳がんであろうと診断される。
     命の危機であったが、生命力が勝り、肺炎が回復する。
     (20日ほど)
2014.4 肺炎はおさまったが、食事がとれなくなったため、特養に戻れず、療養型の病院へ転院する。
     栄養は点滴で補い、ほぼ眠っているような状態となる。
     目も閉じる状態が多くなり、起きているのか判別がつかない。
     外からではあまり変わりがなかったが、体内で、癌の転移が早いスピードで進む。
     (2年足らず)
2016.1 直腸癌からの転移による肺がんのため、呼吸不全により亡くなる。

これが、約15年間の経緯だ。
母は父が亡くなった時に、すべてを放棄したかのように見えた。
だから、きっと早く逝きたかっただろうに、長い間なかなか逝けなかったね。

なかなか思うようにはいかないけれど、ゆっくりと、夢と現実の間を行き来するようにして、
だんだんと、別次元で生きてるような母になって、ゆっくりとゆっくりと静かにほんとに別の世界へいったね。
初期のころこそ、不安定で、不安や怒りもあったけど、だんだんととても穏やかになって、
いろんな感情からも解放されて、無になった。

病気でそうなったんだろうけど、なんか母が望んでそうなったように思える。
自ら望んで、別世界へ逃げ込んだかのうようだ。

私のことは、分からなくなってしまったけど、穏やかな母を見ているのは救われた。
私はただ、時が来るまでちゃんと見守ることが自分の使命と考えていた。

死は選べないというけれど、望んでも簡単には死ねない。
やはり人には寿命というものがあるんだろうと思う。

だから、それを全うしなければいけない。そして残るものはそれを見届けなければいけない。

変な言い方だけれど、私はとても穏やかな気持ちだ。
そして母もきっとそうだろうと思う。

やっと逝けたね。よかったね。
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by ebisuke1014 | 2016-01-25 21:23 | 介護のこと | Comments(0)

覚書(怒涛の一週間)その3

一旦、祭場から帰宅後、義母達にお茶をふるまっていると、
お寺さんが来て、親戚たちもやってきて、あわただしく初七日法要が始まってしまった。

遠方から連日でやってきてくれた、義母、義兄、義姉には長時間にわたって
つきあってもらい、家族葬で・・・と思っていたのに、本当に申し訳なかった。

その後は、親戚たちと七日ごとの法要についてや、墓参りについてなど話し合い、
ようやくお開きとなった。

病院から連絡を受けた日曜日から、ずっと気を張っていたので、本当に疲れた。

土曜日は、お墓参りをし、お世話になった病院へ、お礼の挨拶へ行き、
仏壇屋さんへお位牌をこしらえてもらいに行った。
それだけでクタクタだった。

日曜日は、役所関係が休みなので、特に用事はできないので、
泊まってくれていた姉も一旦家に帰り、
私は、うっかり予約を失念していた美容院へ行き、必要な買い物などをして過ごした。

月曜日に姉と市役所や年金事務所へ諸々の手続きを行う。

土地と家の名義変更も、司法事務所を探して相談へ行き、
思いのほか、簡単に手続きが済みそうなので、
即効依頼し案外用事が一日で片付いた。

翌日は、何もせずひたすら眠った。

そして、翌日から会社へ出勤し、私の日常が戻ってきた。

ただ四十九日までは、お灯明をともし、お線香を焚く毎日であり、
母に手をあわす。・・・が、まだまだ実感はわかない。

逆に、今までが自宅から離れて長かったので、今は近くなった気持ちだ。
祭壇があり、遺影を見ていると、なんだか母が近くに感じる。
不思議と寂しさや悲しさはない。
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by ebisuke1014 | 2016-01-22 00:43 | 介護のこと | Comments(0)

覚書(怒涛の一週間)その2

翌日(1/14)、少しゆっくり目に起きると、早々に来客。
母の友人のSさんとKさんが見舞ってくれる。
施設に入る前はよく一緒に遊んでいた方たちだ。
当時Yさんという方もいたが、もう2年ほどまえに他界していたことをここで初めて知った。

残念であり、寂しくもあるが、年齢を考えると不思議ではない。

母も長らく入院していたので、特に友人とのつきあいも無くなっていたので、
親戚以外には連絡していなかったが、こうして聞きつけてやってきてくれて、
ありがたいなと思った。

この日、通夜は夜7時であったが、葬祭場から母の迎えが3時ころにやってくるので、
その時間に私たちも出発する。
その日は、姉と祭場に泊まる予定だったので、その準備やら、
義母が我が家に泊まるのでその準備をしていたらあっという間に過ぎてしまった。

午後3時過ぎ頃から祭場入りし、祭場の準備に立ち会ったり、荷物を運び入れたり、
簡単な打ち合わせ等をしている間にあっという間に通夜が始まる。
式は30分ちょっとであっというまに終わり、通夜の後の食事に入る。

私の会社の人や、私の友人で母を知る(Sちゃん、Uちゃん)、
姉の職場の人などが遅遅にやってきてくれて、ゆっくり話すことができた。

そのままその部屋で私と姉と、姉の子供たちで泊まる。
巻線香はかなり長時間持つので、そんなに消えることを気にしなくても良いのだが、
一応起きておいた方がいいのかと朝方4時ころまでは起きていた。

姉と、母がどこに何年居たかとかを話ながら、夜明かしをした。
まだまだ気ははっているし、母の体もまだそこにあり、
しめやかにというよりも、リラックスしていたように思う。

明日いよいよ体が無くなるのかと思うと、なんだか怖い気がしたが、
とりあえずその時は、安心していたように思う。

朝方ひと眠りして起きてからはまた怒涛のように時間がすぎていった。
式は10時からだったので、あわただしくしたくをしているうちに、
親戚達もやってくるし、また簡単な打ち合わせ等をしている間に、
式が始まり、着々と時は過ぎていった。

最後のお別れで棺にお花を入れるも、あまり実感がわかず。
山のようなお花に埋もれるように、とてもきれいだった。
男手で棺を運んでもらい、私は遺影を抱いて、裏の火葬場へ。

いよいよなのはつらかったが、黙とうしていたため、
扉がほぼしまった時くらいしか見えていなかった。

悲しいのもあったが、精進落としの料理の数が足りないのでは?ということが気になって、
焼き場に向かう頃から気が気ではなかった。
案の定、個数が足りず、慌てる。。。。

すったもんだで、料理を追加し、お菓子やお饅頭の買い出しに走る。
ようやく追加のお料理が届き、自分たちもたべ、一息したら、骨上げの時間に。

父の時よりも骨がボロボロだねと姉は言っていた。

骨上げのあと、初七日法要の予定だったが、お寺さんの都合で、
祭場では行えず、一旦自宅へもどってからとなる。
長い一日である。

→つづく
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by ebisuke1014 | 2016-01-22 00:15 | 介護のこと | Comments(0)

覚書(怒涛の一週間)その1

いろんなことを忘れそうになるので、記憶が鮮明なうちに、記録しておこう。

母が亡くなってからの1週間、あっという間に過ぎ、
父の時もそうだったが、その頃の記があまりがない。大変な時ほどそうだ。

1月13日 AM10:20頃病院から電話が入る。
出社していたため、大慌てで自宅に帰る。
帰る道中で、主人・姉・近所の親戚へ連絡を入れる。

帰宅後すぐ近所の親戚達と病院へかけつけるも間に合わず。
電話を受けたほんの10数分で息をひきとったらしい。

あまりの間に合わなさに、諦めもつく。
がっかりはしたが、短時間であったことに安堵もあったりする。

昨晩も顔を見ていたし、親戚達も前日に皆会っているので、
良かったのでは ないかと思う。

医師から説明&確認があった。
苦しまずにすっと逝ったとのことで、それが何よりの安堵となった。

そのあとは、迎えの手配、葬儀の手配等をしながら、病室で待機。
(病院側は急かしている訳ではないのだろうけれど、
やたらと迎えの時間を決まったら知らせてくれと言っており、
親戚達は、迎えの手配等を病院側がノータッチなのを愚痴っていたが、
私には何が普通なのか分からないので、何とも思わなかった。)

話は前後するが、私たちが到着後しばらくしてすぐ、
湯灌してくれ、死装束に着替えさせてくれ、死化粧を手早くしてくれた。

私が病院に到着した時、まだ体は暖かかった。
いつも硬直していた手も、ゆったりとリラックスしていた。

姉は想定通り、すぐにかけつ けることはできず、
もうじき迎えの車がやってくるという時間が近づきハラハラしたが、
とりあえず間に合ったらしい。まだ体もあたたかいうちだったそうだ。

一旦自宅へ母を連れ帰ることになったため、
私は準備のため一足先に病院を後にしたので、姉には会えなかった。

母を自宅へ連れて帰るのは、親戚と姉たちに任せ、
私は、座敷の片づけやら、布団の用意やらに大慌てした。
ここからは怒涛のような時間がすぎていく。

葬祭場の安置場を利用することもできたが、一旦家に戻ってきてよかった。
もうここには戻れないだろうと思っていたが、こんな形ではあるが、
一晩家で過ごすことができた。

葬祭場の方との打ち合わせ、それに伴い、
各業者(写真屋、花屋、仕出し屋、 ギフト業者)と次々と打ち合わせをする。
決めることが多く、悲しむ間等なかったように思う。

→つづく
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by ebisuke1014 | 2016-01-21 23:50 | 介護のこと | Comments(0)

覚書(面会)

1/12夜
仕事が終わって、面会時間ぎりぎりに母の顔を見に行く。
二日前に見た時よりも呼吸が苦しそうだ。
酸素マスクをつけていたが、かなり量は多く入っているように思う。

気道をふさがないためか、頭ではなく、肩のあたりに枕が挟まれていて、
そのせいか、よけいに下顎で呼吸をしているように見える。
二日前よりも、ぎこちないというか、一生懸命息をしている感じ。

息がしにくそうだけれど、見方によればまだ自分でしっかり息をしているとも言えそう。

近しい親類に連絡したり、いつ病院から電話があるかもと気をはっていると、
精神的に疲労する。
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by ebisuke1014 | 2016-01-20 19:27 | 介護のこと | Comments(0)

覚書(急な連絡)

1/10(日)病院から連絡が入る。日曜日のため、当直医から。
呼吸が浅いとのこと。

後になって調べて意味が分かったのだけれど、
説明の中に「下顎(かがく)呼吸」のような呼吸の仕方だと。

この日、初めてうちに連絡があったが、看護師からは、1/6頃から、
呼吸が浅いという報告が病院にはあがっていた。

慌てて、病院へ様子を見に行く。電話をくれた当直医がまだ居てたので、話を聞く。

母の様子を見に行くと、口を開けて息をしている。確かに呼吸しにくそうだ。

だけど、呼吸の量は問題ないとのことで、このときは、酸素マスクなし。
しかし、二日後の1/12は酸素マスクしていたそう(叔母談)。

当直医の話では、日ごろ状態を見ていないし、今後のことは何とも言えないとのことだった。

数日前に撮った、レントゲンの写真等で説明してもらう。
去年説明を聞いたときよりも、肺の転移は進んでいる。ほとんど肺が腫瘍で白くなっている。
そして、胸水がたまっているといわれ、これは今回初めて聞いた。

肝臓にも転移じゃないかと思われるものがある。

肺が腫瘍で圧迫されて、呼吸がしにくくなっているんだろうとのこと。

痛くないのかとか、しんどくないのかとかが一番気になるところ。
何か処置はしないのかと聞くと、酸素マスク、本人が非常に痛そうであれば痛み止め・・ということらしい。

だけど、酸素が回らなくなってくると、だんだん意識も混濁してくるので、
痛みも感じなくなってくるらしい。
ある意味それなら・・・・と思う。

日ごろから、意識があるのかないのか、分からない様な状態だったから、
そのまま混沌とした中で逝ってくれれば・・・と思う。

1/12主治医の先生から改めて電話があった。
昨日(1/11)とほぼ変わらないとのこと。
しかし、あの呼吸の様子だと、もって数日かと。
週末まではもたないでしょうとのことだった。
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by ebisuke1014 | 2016-01-13 09:54 | 介護のこと | Comments(0)

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